AGU RESEARCH

未来を創るトピックス
ー 研究成果に迫る ー

青山学院大学の教員は、
妥協を許さない研究者であり、
豊かな社会を目指し、
常に最先端の研究を行っています。
未来を創る本学教員の研究成果を紐解きます。

  • 理工学部 情報テクノロジー学科
  • 掲載日 2025/03/25
  • モノの動きやアーティストの筆致を物理計算で解き明かす
  • 楽 詠灝 教授
  • 理工学部 情報テクノロジー学科
  • 掲載日 2025/03/25
  • モノの動きやアーティストの筆致を物理計算で解き明かす
  • 楽 詠灝 教授

TOPIC

楽詠灝教授の研究課題が国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)主催「創発的研究支援事業」の中間評価を通過し、ステージ2へ進展

JST創発的研究支援事業(JST創発)とは

「多様性と融合によって破壊的イノベーションにつながるシーズの創出を目指す『創発的研究』を推進するため」(JST 公式サイトより)、若手研究者を対象に行われる支援事業。研究者のメンタリング等を行うプログラムオフィサー(創発PO)の下で、他の研究者との交流の場なども生かし、研究成果の創出を目指します。

JST創発の採択率は

JST創発に採択される割合は約9.2%(応募2,644件中採択243件|2023年度実績:国立研究開発法人科学技術振興機構の資料より)です。また事業にはステージ1(3年間)とステージ2(4年間)があり、3年目には中間審査(ステージゲート)が行われます。楽教授の研究課題はこの審査を通過し、ステージ2へと進みました。

評価のポイント

CGによる現実世界の再現にはまだまだ課題が多く、現状ではその差をアーティストの手によって補っているという現状があります。楽教授の研究はCG分野のトップカンファレンスである「SIGGRAPH」に何本も論文が掲載されているなど多くの実績を残しており、今後、コンピュータ上でより精緻にモノの動きなどを再現していくイノベーションにつながる可能性が評価されました。

イラスト:矢印

トピックを先生と紐解く

楽 詠灝 教授

理工学部 情報テクノロジー学科

東京大学 理学部 情報科学科卒業。東京大学大学院 情報理工学系研究科 コンピュータ科学専攻 修士課程ならびに博士後期課程修了。博士(情報理工学)。画家の両親を持ちながら、幼い頃よりコンピュータプログラミングに関心を抱き、大学でCGの世界に出会い、アーティスト的手法をコンピュータで再現する領域の研究に打ち込む。海外での博士研究員期間を経て、2019年4月より本学准教授、2023年4月より教授を務める。専門領域はコンピュータグラフィックス、コンピュータ科学。



専門分野について教えてください。

私の専門は、コンピュータグラフィックス分野で、特に写実的な映像を制作するための物理シミュレーション技法に関する研究を行っています。モノの見た目を計算するためには、光や影を再現する光学シミュレーション技法や、流体や布、衝突現象の動きを計算する力学シミュレーション技法等が研究されています。光学シミュレーションでは、太陽や蛍光灯などの光源から放たれた光が物体によって反射されたり、煙などの媒質によって散乱されたりという光輸送に関するシミュレーションの研究や、モノや媒質の材質の推定に関する研究、また力学シミュレーションの領域では、クリームやソースのように複雑な流動性を持つ流体に関するシミュレーション技法や、現実世界にあるこうした複雑流体の流動性を推定する研究を行っています。
また、これらの研究に加えて、NPR(非写実的レンダリング)の研究も行っています。たとえば、ゴッホの油彩画のような特徴的な筆致を再現する技術です。三次元のシーンモデルと数枚の画像をもとに、シーン内の照明や形状、見え方を考慮しながらその筆致を維持したままアニメーションを生成する技術の開発に取り組んでいます。このように、光や力学のシミュレーションを通じたモノの見え方や動きに関する研究、そして作者の特徴をそのままに映像を自動的に生成するNPRの研究という大きく分ければ2通りのジャンルになります。

モノや絵画の特徴が我々の目にどう見えているのか、それをコンピュータ上で数学的に再現するということでしょうか?

はい。大まかにはそういうことになります。たとえばイラストの中に筆のストロークがある場合、当然筆が流れた方向がついています。あとは、もちろん色もついていて、さらに長さや太さといった情報があるのですが、これをどう数学的に認識して、光の当たり方やモノの向きが変わった際に正しく計算して表現していくかを検討しています。

研究の初期には、アーティストの方に実際にストロークを表現してもらって方向を出していたのですが、おもしろいなと感じたのは、ポテトチップスみたいに両方に曲がっていてモノにうねりがある部分です。ここに照明が当たってハイライトが出ていると、ブラシの向きはカーブに沿っていきそうなのですが、実際にポテトチップス形の形状を解析すると方向がちょっと違います。実は輪郭線に引っ張られていて、ちょうど曲がっている方向との中間ぐらいに線が描かれているんですね。こうした微妙な表現をアーティストの方たちは自然に描いているのですが、これをコンピュータで再現するために、こういう場合はこの輪郭とカーブの中間だから、こうした要素を合わせて計算すれば良いのではないかと、線形代数の要素を取り入れてシミュレーションの数式を検討しています。

筆致の再現であるNPRとは別に、光学的・力学的にモノの動きを計算する技法も研究されているのですね。

そうですね。たとえば、私は食べ物に興味があり、食べ物のシミュレーションを行いたいと考えました。ソースのようなドロっとした流体がどのように動いていくのかを研究しています。ソースでもさらさらとした流体ではなくて、中に粒が入っていておかゆのような状態になったものが対象です。あとは、ごまドレッシングなども内部に粒が入っていますよね。このように、不純物が混ざった流体の動きをシミュレーションしようとすると「この物体の動きを決定するためのパラメーター(要素)はどうなっているのか」を理解する必要があります。粒が混ざり合っていることで、通常の流動性測定機器では詳細な動きを測ることができません。映像ベースで計算し、正確な動きを再現できるようにする研究を進めています。実験では、実際に装置を考案して、そこからソースを流し出してビデオで撮影します。我々は物理シミュレーションを専門にしているので、パラメーターを未知のままにしておき、映像とシミュレーションの動きを最適化しながら一致させることで、適切なパラメーターを推測する方法を模索しています。このように試行錯誤を重ねることで、最終的にはさまざまな不純物が混ざった流体の動きを映像で正確に再現できるようになることを目指しています。

昨今、各方面で採用が進んでいる機械学習、深層学習的な手法も用いているのでしょうか?

コンピュータによる表現性をもっと広げたいと考えているのですが、実は深層学習はあまり使いたいとは考えていません。その理由は、ひとつに膨大なデータが必要となる中でどうしても著作権の問題が生じてしまうからです。さらに機械学習を行ったとしても、なぜそのような結果がアウトプットされたのか明確に説明できないという課題もあります。非写実的な表現を目指す中で、アーティストの特徴を再現するためにはどの要素に着目して、どのように情報を集め、どのような計算を経て最終的に表現が生み出されるのかをオープンな数理モデルでやれるようになっていきたいということを意識しています。

JST創発的研究支援事業に採択されることで、どのようなサポートを得られていますか?

JST創発的研究支援事業に採択されたことは非常に大きな力となっています。もちろん資金面でもそうですが、それ以上に、本事業では異分野の研究者と交流する機会が多く、多様な視点から研究を見つめ直すことができています。直接共同研究を行うといったことはありませんが、対話をする中で、皆さん同じような悩みを持っているのだなと分かったり、先々の研究につながるようなヒントを得られたり、大きな刺激を受けることが少なくありません。

また、研究を進めていく上では仲間を持つことが非常に大切だと考えていますので、物理シミュレーション技法の研究に打ち込めているのも、多くの仲間がともに励んでくれることが大きな要素になっています。NPRの研究も、学生時代からの同期で現在は拓殖大学にいらっしゃる藤堂英樹先生がいたおかげで、とっつきにくかった分野にも「なんとかやれそうだぞ」という手応えを感じて突き進んでいくことができました。どれほど興味のある研究テーマがあっても、一緒に取り組んでくれる人がいなかったり、予算が不足していたりすると、どうしても壁を感じてしまうものです。だからこそ、JST創発的研究支援事業を通じて他領域の先生方と交流できることは、大きな支えとなっています。また、研究室で学生たちのやりたいことに耳を傾けて、その中で面白そうなテーマを掘り下げながら内容を発展させていくことも研究を続ける喜びにつながっていると思います。

先生の研究は今後、どのような成果をもたらすとお考えになりますか?

私の研究における大きな目標の一つに、単なる映像制作ではなく、もっと幅の広いサイエンス的な部分に面白さを見出していきたい、そのために複雑な物理現象をシンプルな数理モデルで表現するということがあります。先ほど紹介したソースの動きのシミュレーションでも、あのような複雑な混合物がどのように動くかをシミュレートできるようにすることで、たとえば土砂崩れや氷河の崩落など、将来的には災害予測や地球科学といった領域にも応用されていくことが期待されます。
常に世界の先端研究の動向を見ながら、講義では新しく作り上げられていく基礎的な理論と、最先端の応用研究の話題を取り入れて内容をアップデートしていきながら研究では新しい数理モデルを構築していくことで、これまでは難しかったような事象をより簡便に扱えるように展開していくことがこれからの目標です。

これから学びを深めていく学生たちにメッセージをお願いします。

大学での学びの側面には「できないことをできるようになっていく」という面があると思っています。できないことに向き合うというのはもどかしいもので、大変だなと感じることもあると思います。けれども、それまで学んできたことをしっかり丁寧に理解しながら進めば、必ず次へと道はつながっていきます。私たちが今勉強している数学は、これまで人類が3,000年、4,000年かけて作ってきたものをわずか10年、20年にギュッと圧縮して学んでいるんですね。そのスピードは驚異的ですが、だからこそ、先人たちが築いてきた歴史や知性の上に自分はしっかり立てているんだと自信を持つことができます。その自覚があれば、さまざまなことができるようになり、学びも一層豊かなものになっていくでしょう。

私が研究しているNPRや物理シミュレーション技法も、これまで物理シミュレーションで使用していたものをほぼ全て総動員するような形で行われています。特に、曲面上に方向を貼っていく作業は、要するにアインシュタインの一般相対性理論で使われている数学の枠組みを活用して考えています。そのため、学生たちにも「この世界・宇宙を記述する仕組みで、私たちはアートの世界を記述する枠組みを検討しているんだ」と伝えることもあります。大学は、これまで培われた「知」を新しいことにチャレンジできる場ですので、その環境を最大限に生かして、学問を存分に楽しんでもらえたらいいなと思います。

そうした学問に触れる場として、青山学院大学の魅力はどこにあるでしょうか?

理工学部情報テクノロジー学科に関して言えば、のびのびとした雰囲気もあるところが魅力だと思います。もちろん、授業や課題はたくさんありますが、追い立てられることもなく比較的自分のペースの中で勉強できるのではないかと思います。講義でも研究でもそうですが、わからないときに「わからないので、ここを教えてもらえますか」と声を上げられることは非常に大切なことで、本学科であれば、長い目で学びに向き合えるので一旦立ち止まって、これまでの学びを振り返りながら次へ進んでいくという学びのスタイルも築きやすいだろうと思います。学生の皆さんには焦らず、ゆっくりと学んでもらい、これまでの学問の歴史の上に自分が立っているんだという自信を獲得してもらいたいですね。

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